6. バンディッシュ:音楽素材

以下に様々な角度からバンディッシュについて語った議論や意見交換を、質問形式であげてみよう。

1.音楽素材とは何か?

音楽を創る際に使用するものを音楽素材と言います。スワラ(音符)とラヤ(リズム)の2つが、音楽を構成する主原料です。この主原料を処理し、加工し、精製すると、アーラープ(ゆっくりのフレーズ)、ターン(速いフレーズ)となります。アーラープとターンは、音楽的意味合いのみを伝える「純粋」な音楽要素です。そして、声楽にはもう一つの音楽構成要素、「言葉」があります。それは、意味を持っている場合もあるし持っていない場合もあります。アーラープ、ターンのフレーズに言葉を乗せたものをボル・フレーズと呼びます。意味を持つ言葉をフレーズに乗せることにより音楽の抽象的な品質は失われます。こうなると、純粋な音楽要素とは言えなくなるのです。しかし言葉の代わりにそれぞれの音名の頭文字、サー・レ・ガ・マ・パ・ダ・ニー、だけを発音すると、それは音楽的意味のみを表現する要素に変わります。サルガム・フレーズはアーラープやターンと同様に、音楽を構成する純粋音楽要素なのです。

2.バンディッシュとは何か?

バンディッシュとは、特定の境界を定めた構造、という意味です。音楽の中ではスワラ(音符)とラヤ(リズム)で構成された既成曲のことを言います。声楽ではそこにもう一つの音楽要素、「言葉」が使われます。それは意味を持つ場合、持たない場合があります。ラーグを用いた音楽表現形式である、古典、軽古典声楽において、バンディッシュは用いられます。器楽においては、ラーグとタールを用いた既成曲をガットと呼びます。ラーグを用いた音楽表現でない場合の既成曲はバンディッシュではなく、ラチャナーと呼びます。映画音楽、軽音楽、インド・ポップスなどの既成曲はラチャナーと呼ばれます。

3.バンディッシュの重要性は?

バンディッシュはラーグ、ガート、およびタールを、音楽表現の種子という形でまとめることができます。バンディッシュの性格上、ある意味これは、ラーグ・マントラという風に表現できるかもしれません。ガートを通し何度も繰り返されるフレーズを、ラーグのまた別の表現への扉を開き、発展させることができるからです。ラーグの一番小さな世界をバンディッシュは内包し、ラーグを内部に息づかせているのです。

4.ガートとは何か?

ガート(フォーム、形式、ジャンル)とは、タール(拍子)を組み込み、ラーグやその構造を表す特徴的フレーズを用いたバンディッシュを中心とした音楽表現の骨組みとなるものです。ドゥルパド・ダマール、キヤール、タラーナー、トゥムリー、ダードラーなどと分けられるものをガートと呼びます。

5.ラーグの要素がバンディッシュの中に内包されている、と言うのであれば、バンディッシュを歌うだけでラーグを表現しうると言うことは可能か?

それは正しくありません。アーラープ、ターン、サルガム、ボルなどの音楽要素を駆使して表現されるラーグの、バンディッシュは単に一部を担っているにすぎません。バンディッシュが存在しなかったとしても、これらの音楽素材を使えばラーグの表現は可能です。しかし、ある特定のガートの範疇でラーグを表現、展開する際にはバンディッシュは必要不可欠です。例えば、ドゥルパド・ダマールにおけるアーラープやボル・ウパージ、またはトゥムリー、ダードラーにおけるボル・バーントやボル・バナーウ、タッパにおけるボル・ターン、またキヤールにおけるアーラープ、ターン、サルガム、ボルといった、ガートを展開する際に用いられる音楽素材は、バンディッシュを一つの柱として中心に据え、その周りに綾を織り広げていくのです。そのように、ガートそれぞれに必須の音楽素材を用いて展開して行くときのみ、ラーグに生命が吹き込まれるのです。

6.ラーグとガートは別の音楽素材を使用するのか?

アーラープ、ターン、サルガムは音楽的意味を伝える純粋な音楽素材です。ガートはこれらすべての素材を使用しますが、これら純粋音楽素材に加え、バンディッシュも使用します。バンディッシュを採用することにより、意味を持つ、または持たない言葉と、タールが発生します。ドゥルパド・ダマール、キヤール、タラーナーといったすべてのガートにおいて、バンディッシュは必要不可欠な音楽要素の一つです。ラーグ表現が重要なテーマとなっていったトゥムリーやダードラーといった軽古典音楽においても、バンディッシュは音楽要素の一つです。しかしキヤールであれトゥムリーであれ、バンディッシュのみを歌っても、そのガートを完成させることはできないのです。

ラーグはアーラープ、ターン、サルガムといった純粋音楽素材においてのみ表現可能です。しかしガートにおいては、そこにタール(リズム)を生むためにも、バンディッシュが必要なのです。

7.バンディッシュとはどのようなもの?

通常、バンディッシュは、スターイ、アンタラーという2つのパートに分かれていて、それぞれの第1節目の特定のフレーズは、ムクラーとして使用されるのですが、ムクラーの中の特定の音節がタール(リズム)サイクルの第1拍目、「サム」に帰着するように作られます。低音域から中音域の音ではスターイ・ムクラー、中音域から高音域の音ではアンタラー・ムクラーを使用しながらラーグの展開をしていきます。バンディッシュのスターイの部分はガートにのっとっていなければならず、ガートの種類によって、バンディッシュの構造や長さは変化します。

8.キヤールでラーグを展開をする際、バンディッシュはどのような構造と長さが必要なのか?

バンディッシュはタール・サイクルの1周分、またはそれ以上の長さがなければなりません。長いバンディッシュはもちろん、より多くの言葉を組み込ませることができます。古代の声楽形態、アシュタパディではバンディッシュは8つのパートに分かれていて、ドゥルパド・ダマールではスターイ、アンタラー、サンチャーリ、アーボーグという4つのパートに分かれています。しかし現在では、その中でもスターイ、アンタラーのパートのみ演奏されることが多くなっています。キヤールではスターイ、アンタラーの2つのパート、しかしヴィランビット・キヤールの演奏時には、アンタラー部分が歌われないことも多くなっています。ヴィランビット・キヤールにおいて、ラーグ展開をするのに長いバンディッシュの必要性はあまりないということがこれでわかります。ガートは、タール・サイクルの1周で、効果的に展開をすることができるからです。

バンディッシュにおけるスターイ・サムは、ラーグによって、様々な音で着地、完結しますが、上のオクターブに展開を広げていくのを助けるために、バンディッシュのアンタラー・サムはタール・サドジャ、オクターブ上の「サー」で着地、完結することがほとんどです。では、タール・サドジャで、スターイ・サムに着地する場合、同じタール・サドジャで完結するアンタラーまで歌う必要性はあるのでしょうか?そう考えると、アンタラーまで演奏しなければ、上のオクターブを展開できない、という主張はいささか論理的であるとは言えないです。

様々な音によりサムに着地する、リズムサイクル1周分の短いバンディッシュだけで、低いオクターブ、中間オクターブ、高いオクターブにおいて問題なく美しく展開できるかどうかは、その演奏者の、演奏経験によります。リズムサイクル1周分だけのバンディッシュですと、含まれる単語数も少ないため、ラーグの展開の際に、音楽的意味を維持しつつ、その言葉の意味も認識しやすくなります。バンディッシュすべてを演奏するのではなく、サムに着地するための短いフレーズ、ムクラーが使用され、サムに着地したあと、ラーグのどの側面を表現し展開させていくかは、演奏家の腕にかかってきます。

 

*=近代以前 **=近代以降

 

9.ラーグの音楽的意味性と、バンディッシュで歌われる意味のある歌詞との関連性はあるのか?

音楽とは抽象芸術です。音楽は独自の世界観があり、音楽的意味合いのみの言語を持っています。ラーグもまた、抽象的な概念です。ラーグを表現する様々なガートがありますが、キヤールは現代、もっともポピュラーなガートです。キヤールの音楽素材であるアーラープ、ターン、ボル、サルガム、そしてバンディッシュは、ラーグ、そしてガートを展開させていくのを助けます。バンディッシュの中で使われる意味のある言葉が、フレーズのそれぞれに何らかの色合いを与えるかもしれませんが、音楽的内容の意味性が強力であるため、その音楽的意味性のみが残るというようになります。これは、意志的、意図的にそうなるようになっているのです。ただ、バンディッシュの歌詞のテーマが、ラーグの雰囲気を際立たせるような内容であった場合、演奏者と聴衆の間に、より親密で、調和的関係を確立することに役立つでしょう。ラーグ演奏をする際には、特定のテンポをつけます。そのテンポは制限内で伸び縮みさせることができます。特定のムードを作り出すのに、その演奏されるテンポは、もっとも重要な役割をになっています。ゆっくりとしたテンポでは、平安、祈り、別離の悲しみといったムードを容易に作り出すことができ、一方で速いテンポでは、生き生きとした躍動感、幸福感、といったような雰囲気を作り出すでしょう。音楽素材の扱い方に応じ、ラーグは、様々な感情や情緒を表現できます。演奏の際、演奏家は、自身の感情をそのラーグに加味し、その演奏を聴いた聴衆たちは、また自身の感情をそこに加味します。バンディッシュの中に意味のある言葉を使用することにより、その意味が、演奏しているラーグに何かしらの影響を及ぼすでしょう。そうやって演奏者も聴衆も、知らず知らずのうちに意味性のある言葉を通し、ラーグを体験することになります。ですので演奏者は、最終的に聴衆の中に残るのはラーグの音楽的意味性だったとしても、演奏時に歌われるバンディッシュの、言語的意味性にも注意を払わなくてはなりません。

10.あるバンディッシュを、別のラーグの中でもし演奏したとして、そのラーグの音楽的キャラクターが、意味のある言葉により変化するということは?

ラーグはそれぞれ、非常に強力で、明確な音楽的個性を持っています。どんな意味の言葉を使用したバンディッシュであったとしても、その個性は強固に確立されています。バンディッシュは、ラーグを描写するための鏡にすぎません、聴衆は、意味のある言葉を通しラーグを経験するのですが、しかし実際は、そこで表現されていたラーグが、音楽的意味性を持って残るでしょう。

11.同じバンディッシュで、別のタール(拍数)、別のラヤ(テンポ)で演奏された場合、その演奏されたラーグの印象は変化するか?

タールの種類に関係なく、テンポが変化することによりラーグの印象は変化するでしょう。演奏の過程において、演奏者は様々な色合いの感情表現をしますが、聴衆はそれを、彼らの文化的背景や、経験によって沸き起こる感情とともに受け取るのです。

12.バンディッシュにおける意味のある言葉の重要性とは?

文学としての詩は、さまざまな基準により評価されますが、純粋音楽という観点で見ると、その詩が素晴らしいかどうかで、音楽的クオリティが高くなったり低くなったりすることはないでしょう。とはいえ、歌手が、歌う内容を選ぶとき、そこには音楽的特性がなければなりません。インド古典音楽において、バンディッシュの言葉は、主に音楽素材として機能します。インド音楽の中でライト音楽と呼ばれる、ギート、ガザル、バジャン、バクティギート(「1.音楽を、つくる・ライト音楽、ヴィジュアル音楽」の章を参照)のように、歌われる歌詞そのものに独立した存在感はないのです。したがって、バンディッシュの歌詞は、文学作品として評価されるものよりも、音楽性を備えている必要があるのです。バンディッシュの中で歌われる歌詞のテーマは幅広く、神々のことであったり、神話であったり、スピリチュアルなものや社会的なもの、自然を描写したものや人間の感情だったりと、さまざまです。これらのテーマをシンプルに取り扱うことにより、聴衆に、よりまっすぐに届くようにしているのです。キヤールにおいて重要なのはラーグとガートの表現であり、歌詞の文学的意味性には重きは置かれていません。

13.古い時代に扱われた歌詞のテーマ(嫁姑問題や、嫁小姑問題など)は現代でも歌われています。なぜ現代にあったような歌詞を採用しないのか?

流行病や女性の社会進出などといった現代的テーマがなぜ歌詞にふさわしくないのか、というのは、議論の余地があるかもしれませんね。同様に、政治的なテーマを取り扱うことも難しいでしょう。クリシュナ、ラーダなどの神話の中の神々の物語は、愛、別れの悲しみ、調和といった、人間にとっての大きな基盤となる感情をもたらしてくれます。古典音楽の歌詞に、現代の主題を採用することを許すためには、何かしらの制限を与えなくては難しいでしょう。いずれにしても、キヤールにおいて、その言葉の意味性が強調されるということは想定されていません。シンプルで、ポピュラーなテーマの歌詞をバンディッシュに乗せ、そこに、現代的要素を付加するというのは少々非現実的かもしれません。

14.バンディッシュの音の構造とテンポに合わせてラーグを歌うことは絶対必要なのか?1つのラーグで、複数のバンディッシュを学ぶことが、そのラーグをより深く理解することを助ける、というのは本当か?

いろいろなタイプのバンディッシュを学ぶことで、1つのラーグを展開するためのさまざまな方向性を得ることができる、というのは事実です。そして、ラーグのより深い理解をもたらす助けにもなるでしょう。しかしそれは、バンディッシュの数の多さが重要なのではなく、さまざまな角度からラーグを解釈することができるかどうか、という、演奏者の創造性のレベルによるものです。そういった意味においては、たった1つのバンディッシュだけでも、創造性のレベルの高い演奏者であれば、充分にラーグを多面的に表現することができるでしょう。バンディッシュとは、ラーグを顕すほのかな光、ラーグという海の、ほんのひとしずくにすぎません。ですから演奏家は、ラーグを表現するのにバンディッシュの数にこだわる必要はありません。

15.では、バンディッシュの目的とは何か?

バンディッシュは、タールと言葉をもたらします。言葉は、多様な発音やイントネーションをもたらし、さまざまなリズムパターンを繰り出す助けになり、そこに特定の感情を添えることもできます。タールの構造とテンポは、新しいフレーズを創り出していくためのとっかかりになりますし、タールがあることにより生まれる、2つのムクラー、ムクラーからムクラーに帰るまでに生み出されるさまざまな表情のフレーズが、ラーグの美しさを表現するのです。タールがあることにより、ラーグは、非常にダイナミックに展開、発展されていきます。バンディッシュは、ガートを作る、主要な要素なのです。

 

 

 

◆このページの内容は全て、Dr.Prabha Atre著 「Enlightening the Listener」からの翻訳です