11. 抽象へ向かうトゥムリー new!

ラーダーのアンクレットを足首に

クリシュナの竹笛を手のひらに

ミーラーの深い愛をその吐息に

魂の哀れなる泣き声を唇に

無上の調和を瞳にたたえ

トゥムリーは進んでゆく

姿なきの神殿へと続く道を

 

 

 

長い歴史を通じて、インド音楽はさまざまなガート(形式、ジャンル)を生み出してきた。音楽の素材の選択、扱い、表現、発表の方法が、それぞれのガートに個別性を与えてきた。

古代の多くのガートは、時代のさまざまな要素からの影響を吸収することにより変化し、新しい様相、新しい個性を持ち再現されてきた可能性がある。

先進的な音楽家たちは変化し続ける時代の要求に応えるように、現代のガートの成形に継続的に取り組んでき。

声楽のガートのひとつであるトゥムリーは、フォークミュージックとしての性格を色濃く残しつつ、芸術音楽のかたちとして開花したガートである。

フォークミュージックは音楽素材、スタイル、表現方法、テーマ性において、芸術音楽にとっての素晴らしいインスピレーションの源だ。

音楽素材

音楽の基本要素は「音」と「時間」だが、声楽の場合はもうひとつの要素が存在する。「言葉」である。

ひとは普通、母音と子音を用いて音を発音するが(手拍子、口笛、ハミングなどにより音を出すこともできるが限界がある)、インドの音楽家たちは意味のある単語、意味のない音節を通した言葉による表現の知的探求を行ってきた。

言葉は、意味を持つ音声信号の配列であり、発声の主要な核となるものだ。子音の音の多様性と母音の長さが、話し言葉に一種の音楽性をもたらす。ひとはこのことに気づき、言葉を音楽的表現に適応させることでその性質を高めようとしたに違いない。実際、言葉は声楽の音楽素材に多様性と新鮮さをもたらすことに役立っている。インド古典声楽は、アーラープ(ゆっくりとしたフレーズ)、ターン(速いフレーズ)、サルガム(簡略した音名を用いて作られたフレーズ)、ボル(言葉をのせたフレーズ)の4種類の音楽素材を用いて作られたフレーズで構成されている。4番目のボルはまた、ボル・アーラープ、ボル・ウパージ、ボル・ターン、ボル・バナーウ、ボル・バーントと5つの種類に分けられる(ガートの種類によりこれらは歌い分けられる)。これらのフレーズはあらかじめ作曲された曲(バンディッシュ)の音節や単語に合わせ歌われるので、表現に多様性を持たせたり、リズム要素を加味したり、フレーズに特定の感情的色付けをすることに役立つ。

ボル・アーラープ、ボル・ウパージ、ボル・ターンでは、表現に変化を与えたり、リズムをコントロールするのに言葉や音節が役立っている。ここでは、言葉の文学的意味合いや感情は二の次になる。ボル・バナーウ、ボル・バーントでは、言葉の感情的内容が表出されるようフレーズを構成しようと試みている。ボル・バナーウはゆったりとした動き、ボル・バーントはリズミカルな動きが特徴であったりと、ボル・フレーズの各タイプは音楽を創る上でそれぞれ異なる性質、実用性を持っている。

声楽のガート-ラーグと言葉

音楽素材の多様性をもたらすだけでなく、言葉は声楽の形式を発展させる上で重要な役割を果たしている。芸術音楽は、クラシカル(古典)、ライトクラシカル(軽古典)、ライトミュージック(軽音楽)などと、ラーグや言葉、あるいはその両方の重要度によって分類される。それぞれのガートはそれぞれの特徴的な音楽的素材を使い、音色の質感、デザイン、技法、美的または文学的感情の表現、全体的なプレゼンテーションを考え、形成されていく。例えば、ドゥルパドのアーラープは、キヤールやトゥムリーのアーラープとは異なるし、キャールのターンはタッパのターンとは異なる。ドゥルパドのボル・ウパージはキヤールのボル・ウパージとは異なり、ボル・バーントとボル・バナーウはトゥムリー独自のものだ。

 

ガート・トゥムリー

トゥムリーは、ラーグと、言葉の両方に重要度が置かれているため、ライト・クラシカルのカテゴリーに位置付けられる。トゥムリーの、ラーグに重きを置いたフレーズは、言葉の意味が投影されたように作られるし、言葉はガートの特徴的なフレーズや表現に合わせ、芸術的に、美しくフィットする。言葉は、音楽的フレーズに文学的な意味合いを持たせ、ラーグは即興表現、または歌詞を音楽的展開をさせるための軸となり、ガートを発展させていく。このように、ラーグと言葉は、お互いを補完し合いながらも、それぞれのアイデンティティを保っている。伝統的ラーグの定義は「彩りを与えるもの」とされているが、ラーグ自体が色を発し、その色が歌詞の言葉や文章の色合いと合致したとき、美的体験はさらに深くなる。

トゥムリーは、かつてインド古典舞踊の中で歌われていたため、ボル・バーントと呼ばれるリズム重視の表現がトゥムリーにもたらされた。トゥムリーが音楽演奏会で歌われるようになってからは、歌詞のメロディックな処理、つまりボル・バナーウに重点が置かれるようになったと考えられる。この、ボル・バーントからボル・バナーウへの移行の過程で、そのテンポが、リズムのないフレーズ表現ができるように、非常にゆっくりになっていった。スロー・テンポで歌われるフレーズは、自然と言葉の意味性から自由になろうとした。ゆったりと柔軟で、変幻自在な歌詞がこのプロセスを助長した。それからトゥムリーは歌詞やその意味とは無関係な、抽象芸術的な音楽ガートとして次第に進化していったのである。

トゥムリーの歌詞とその扱い

トゥムリーで使われる歌詞はシンプルで、特定の言葉しか使われていない。トゥムリー以外のガート、「ギート」(広義的に歌、の意味)、「ガザル」(主にウルドゥー語で書かれた恋愛歌、後記「ガザル、音楽の旅」参照)、「バジャン」(ヒンドゥー教の礼拝歌)の歌詞のように特定の文学形式や、厳密なパターンがない。それにトゥムリーの単語構造の完全性は上記の3つほどは高くない。単語は音楽のフレーズに合わせ伸び縮みする。トゥムリーの歌詞に出てくる感情の種類は幅広い。喜びや悲しみといった、相反する感情を表現する歌詞では、ムクラーで特徴的なメロディアスなフレーズが使われ、歌詞を音楽的に発展させる部分でも、同じメロディアスなフレーズや、装飾が使われる。これらは歌詞を音楽的に扱うことにつながり、トゥムリーの抽象芸術化の可能性を高めていく。

同じ旋律で、異なるテーマ(ガート)を表現する例

A . ラーグ・ミシュラ・カーフィ

S      R       R        G   R M M        P   P

1.    pi      yaa    to      maa          na   ta       naa hi     – piyaa to manata naahi

                                                         (意味;わたしの愛する人はわたしに耳を貸さない)

2.   khe    la      ta       nan            da  ku     maa ra     -khelata Nandakumaara

  (意味;ナンダクマール(クリシュナの別名)がホリではしゃいでいる)

B.ラーグ・ミシュラ・カマージ

G       G      M   G    R    G     M        P     P 

    

  1.         ko      na       ga  li         ga   yo    shyaa   m       kona gali gayo Shyaam

                   (意味;わたしの愛するシャーム(クリシュナ神)はどこへいってしまったの)

2.           ai     si      naam  maa  ro  pi  cha   kaa     ri        aisi naa maaro pichakaari

(意味;お願いだから私に色粉をかけないでちょうだい)

同じ旋律のフレーズで、別の意味を持つ言葉を使う例

A.ラーグ・ミシュラ・デーシュ

R    M    P    N    S*        N   S*      N  D   P

 

 1.     aa                                        vo                     -aavo(来て)

2.         jaa                                          vo                  – jaavo(行って)

B. ラーグ・ミシュラ・ピルー

R   G   R   G     S   R     S   R   G   R     S   N.

  1.   jaa  du –          daa –                  laa         – jaadu daalaa                                               

(意味;(彼が)魔法をかけ(た)

2.    ji    yaa –         laa                ge             naa        – jiyaa laage naa                

(意味;(あなたがいないと)私は落ち着かない)

同じムクラーの旋律、異なるガートとタールを使った7つの例

( “mitawaa maanata naahi, naahi re”が、ムクラーの歌詞になっているラーグ・ミシュラ・カーフィ)

⒈ ガート:ティーンタール(16拍子)のチョター・キヤール

1       2      3      4   |    5      6     7     8   |  9     10    11   12   |   13     14      15     16

X                            |   2                         |   0                          |     3                                             

                           

2.ガート;ケヘルワー(8拍)のダードラー

3.ガート;ディープチャンディ(14拍)のトゥムリー

4.ガート;ダマール(14拍)のダマール

5.ガート;ジャプタール(10拍)のマッディヤラヤ・キヤールとトゥムリー

6.ガート;ルーパクタール(7拍)のマッディヤラヤ・キヤールとトゥムリー

7.ガート;ダードラー(6拍)のダードラー

 

古典音楽とライト古典音楽のテーマと歌詞の内容は、大体において同じである。古典、ライト古典というふたつのガート(カテゴリー)において、異なるタールでも歌詞を少し変化させればそれぞれに適応が可能だ。ただ、同じ歌詞を用いてもそれぞれの旋律の構成は、タール、テンポ、特徴的フレーズ、およびその表現は、各ガートによってわずかに異なる。

ライト音楽は、曲自体が一つの完成された形をなしており、それを音楽的に展開させていくことは二次的なことで、必要なことではない。いっぽう古典やライト古典では、曲の歌詞はガートの音楽素材の一部にすぎず、ガートそれぞれの特徴的な音楽的フレーズが曲ないし歌詞の周りに織り込まれなければ、そのガートは不完全なままである。言葉は声楽で演奏するトゥムリーのフレーズに特定の意味を与え、全体の表現を豊かにする。この点から見ても声楽は器楽演奏よりも表現の幅を持つといえるし、言葉によって、特定の感情を表現することもできるが、トゥムリー・ガートの特徴的なフレーズが歌詞を用いず、または意味を持たない言葉を用いただけでも展開できたり、歌詞を用いないで演奏できる器楽でも表現できるということでトゥムリー・ガートは歌詞を無視しても成立しうるということが示される。

トゥムリーを演奏する場合、多彩でムードに適した声の変調、官能的な感情表現、想像力が求められる。プラーブ(インド東部、おもにワーラーナシー方面)系のトゥムリーでは、「プカール(呼ぶ、の意味)」と呼ばれる長く声を伸ばす表現法が使われ、パンジャーブ(インド北西部、パンジャーブ州方面)系のトゥムリーではムルキーという、ダイナミックな音の動きをする装飾唱法がよく使われる。古典音楽の知識があればトゥムリーの歌詞のより深い意味を追求できるし、さまざまな音楽を聴くことにより、思考や表現も豊かになる。明確な発音、フレーズ展開時の的確な単語の配置、表現豊かな声質が、トゥムリーに独特な個性を与えるだろう。

トゥムリーでは通常、フォーク・ミュージックにちかい「ライトな」ラーグを使うことが多いが、歌詞中の言葉を使っての表現を展開するのに、「シリアスな」ラーグからフレーズを使用することも多くある。これらフレーズはトゥムリー的表現にあうように形成される。

ここで強調しておきたいのは、ラーグのメロディーが本来持っている表現の可能性に加え、音を特定の方法で扱うことでそのラーグを「ライトな」、または「シリアスな」ものにしているということである。

また「ライトな」ラーグと言われていたラーグの多くも時の経過とともに成熟し、キヤールの声楽家や器楽奏者によって「シリアスな」ラーグとして扱われていることも多く見受けられる。このように、声楽家はトゥムリーで表現されている文学的情感を、その歌詞の言葉から得るものだが、ガートを展開させるためには、そのラーグとそこから表出される美的感情に多くを依存する。演奏家はそれだけでなく、ひとつのラーグから別のラーグへ、ガートの典型的表現方法や装飾法を用いつつ、全体の構造の同質性を失わず芸術的に移行する方法を知らなければならない。この点においても、ラーグ自体がトゥムリーを表現するインスピレーションの源泉となっていると言えるだろう。

ライト古典におけるガート

ダードラーは、ライト古典のカテゴリーにおいてもうひとつの重要なガートだ。トゥムリーとダードラーの違いについて、多くの混乱がある。なぜならどちらのガートも同じラーグや同じタールを使い、同じようなテーマを採用し同じようなメロディフレーズや表現方法を使って展開するからだ。トゥムリーは比較的ゆっくりとしたテンポ、ダードラーは軽快なテンポで演奏される。テンポは曲の構造や、フレーズの動きに影響を与える。トゥムリーとダードラーの違いは、ヴィランビット・キヤールとドゥルット・キヤールの違いとほぼ同じ、テンポの違いで区別される。

チャイティ(チャイトゥラ-春の季節)、カジャリ(雨の季節)、サーヴァニ(シュラーヴァンの月-祭りと雨の季節)、ジューラー(ブランコ)、ホリ(春に色水で遊ぶ祭り)など、ライト古典に属する他のガートは、季節、祭り、人間の感情に言及する。これらのガートは、テーマは異なるがテンポによってトゥムリーやダードラーのような特徴を持つ。

タール

通常トゥムリー、ダードラーファミリーで使われるタールのテーカー・ボル(タール別の音節の組み合わせ)に特徴的な選択がなされているということが、もうひとつ興味深い点として挙げられる。以下の例のようにタールの各拍に1音節が割り当てられているのだ。

1.タール・ディープチャンディ(14泊)

 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14

dhaa dhin          dhaa  dhaa    tin            taa     tin            dhaa   dhaa   dhin     

2. タール・ケヘルワー(8拍)

 1         2        3         4        5        6         7         8

dhaa    gi       na        ti        na       ka       dhi        na

3.  タール・ダードラー(6拍)

 1          2         3          4          5         6

dhaa     dhi     naa       dhaa      ti       naa

これら3つのタール、各拍に1つの音節がある、2つの拍の間は「空」で音節はない。例えばエークタール(12拍)のテーカーの、4拍目と10拍目に使われている「ティラキタ」という単語は、4つの音節、ティ、ラ、キ、タ、で構成されている。この単語は4拍目と5拍目の間、そして10拍目と11拍目の間の隙間を埋めてしまう。ルーパクタール、ジャプタール、ティーンタールさらにダマールといった古典音楽によく使われるタールもトゥムリーの演奏時に使われるが、これらのタールも各拍に1音節を使うものが選択されているというのも興味深い点だ。

1. タール・ダマール(14拍)

 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14

ka      dhi    na      dhi     ta     dhaa           ka     ti        ta       ti       ta       taa      

2. タール・ティーンタール(16拍)

 1       2  3     4     5      6   7  8  9 10 11     12 13 14     15     16

dhaa dhin dhin dhaa dhaa dhin dhin dhaa dhaa tin tin taa taa dhin dhin dhaa

3. タール・ジャプタール(10拍)

1  2  3  4  5  6  7  8  9  10

 dhi      naa    dhi    dhi    naa     ti      naa    dhi     dhi    naa

4.タール・ルーパク(7拍)

1  2  3  4  5   6  7

 ti      ti      naa    dhi     naa     dhi   naa

この、1拍1音節というテーカーは、ボール・バナーウのフレーズの動きや言葉の表現をより自由にすることを助ける。しかし、このようなタールを選択する動きの中、プンジャービタールがトゥムリー演奏の際に使われなくなり、耳にすることが非常に少なくなってしまった。このように、いくつかのラーグやタールを除けば、トゥムリーはキヤールのような抽象的純粋古典音楽のガートが今日使っている、多くのラーグやタールに馴染むことができる。トゥムリーのボール・バーントがミディアムテンポのキヤールに容易に移行することができるということは、この2つのガートの間の壁は非常に低いということを物語っている。

創作に意欲的な音楽家たちにより、「シリアスな」ラーグによるトゥムリー、ダードラーの曲も作られており、さらに「ライトな」ラーグの曲であっても、そのメロディを再形成したような新たな曲も生まれている。

純粋音楽素材の使用~アーラープ、ターン、サルガム

言葉の文学的意味で彩られるボル・フレーズに比べ、アーラープ、ターン、サルガムといった音楽素材は、音楽的な意味だけを伝える純粋な音楽素材と考えられる。そのため、装飾的フレーズとしてトゥムリーにこれらを使用すると、トゥムリーの美しさをより引き出すだけでなく、トゥムリーの持つ抽象的な美的表現の可能性も高めることができる。

ラッギー

タブラー伴奏によるラッギーは、トゥムリーが踊りと結びついていたときは、トゥムリーの中で重要な役割を果たしていた。しかしトゥムリーが踊りとは独立して演奏されるようになってからも、ラッギーは曲のテーマとなる感情に関係なく(たとえそれが離別や恋に胸を焦がすような歌であっても)演奏される。ラッギーが果たす役割とは、トゥムリーを踊りや、歌詞の意味とは無関係に音楽的なガートとして展開させることである。ラッギーでは、ムクラーもメロディとリズムを素早く変化させ、音楽的な興奮を呼び起こす。トゥムリーの抽象的な側面をさらに際立たせるもので、音楽的に不可欠なものとなった。

今日のトゥムリーは、ラーグ、タール、音楽素材、表現、扱い、展開などの面において自由であり、ガートの新たな発展を示唆している。ガートの境界や限界は時代の変化の中、注意深く研究する必要があるだろう。キヤールと同様トゥムリーもまた、生き延びるために自らを時代の変化に適応させている。より抽象度の高い表現に向かい成熟していくその挑戦は賞賛に値するものだ。声楽という抽象度の低い芸術が、抽象度の高いガートを代表する、キヤールのような表現を目指すのは自然な流れなのだろう。

 

◆このページの内容は全て、Dr.Prabha Atre著 「Enlightening the Listener」からの翻訳です。