14. 音楽製作

舞台芸術において、舞台での演奏こそが最終的な表現の場であり、それはインド古典音楽においても例外ではない。したがって演奏者は非常に重要な存在で、常に舞台の上で脚光を浴びることになる。しかしその陰には、指導者(グル)や理論家、批評家といった、演奏者を厳しく見つめ、育成する、直接的または間接的責任を負う役割の人々がいる。彼らのパフォーミング・アーツの発展と進化における縁の下での仕事にスポットライトが当たることはあまりなく、ほとんど過小評価され、誤った認識を持たれることが非常に多い。グルは直接的指導を行い、知識や経験を演奏者にもたらすことで、伝統を守り続けている。学者、有識者たちはさまざまな芸術作品を批判的に分析し、理論を構築する。こういった理論が、演奏者の作品を評価する際の参考資料や手引きになる。

舞台芸術を成立させる、これまで注目されてこなかった要素として、聴衆、観客の重要性というものがある。舞台芸術は、聴衆、観客なしでは成り立たない。舞台芸術はその長い歴史の中、聴衆、観客の要求や好みに応じ、常に変化をしてきた。演奏中に受ける聴衆からの反応は演奏者を刺激し、さらなる高みへと導いてくれる。そして何より、敏感な演奏者と耳の肥えた聴衆との間の信頼関係の度合いが、演奏の精度を左右する。しかしこれまで、聴衆、観客の耳を肥えさせるために、何らかの試みがなされたことがあっただろうか。そして人々の、聴衆としての水準を上げる必要はあるのだろうか。

演奏家たちに大舞台を提供し、大衆に生演奏を見せることで、文化団体は大衆に芸術鑑賞の仕方の手ほどきを間接的に行った。演奏者、聴衆、指導者、学者、批評家、主催者それぞれが、舞台芸術の創造と発展のために、果たすべき役割を担っている。

一方、映画音楽、ポップス、ガザルなどといったポピュラー音楽には、昔ながらの偏見がある。古典音楽とポピュラー音楽を同一線上で比較するのは正しくないだろう。ポピュラー音楽は、古典音楽とは別の文脈で評価される必要がある。ラター・マンゲシュカル、メへディ・ハッサンらの音楽を評価する基準は、古典音楽のそれと同一ではない。どんな種類の音楽においても、良い演奏者、悪い演奏者というのがいる。よって、よく言われるように、ポピュラー音楽自体が安っぽいもの、ということではないのだと理解しなければならない。

古典音楽を普及すること、その水準を高めること、この2つは同時進行的に行われなければならない。しかし、大衆すべてが古典音楽に親しむことを期待するのは間違っているかもしれない。このこと自体非現実的であると同時に、その試みは古典音楽を破壊するものでもあるからだ。人々の歴史背景はさまざまであり、持っている能力もさまざまである。どのような音楽がその人に感動を与えるか、それは画一的なものではない。また、多くのジャンルがある音楽の中で、古典音楽だけが生き残ることを望むという人はいないだろう。さまざまな音楽それぞれが、社会のさまざまな局面における自然な表現行為である。そして古典音楽を含むそれぞれの音楽の間には、多くの相互扶助の関係が存在している。このような関係は、それぞれの音楽の新鮮さや新規性、継続のために必要である。だからこそ、それぞれの音楽を大切に、意識的に育てていかなければならない。

古典音楽は、それ単体で存在することはできないということを理解しなくてはならない。映画音楽、舞台音楽、ライト音楽、さらに人間のあらゆる活動や感情の源である民族音楽など、他の「ライト」と呼ばれる音楽をもっと受け入れるべきだ。その音楽がどんなジャンルかということよりも、それが良い音楽かどうかということが重要なのである。現在、古典芸術の分野にまで商業的要素が入り込んでいるのは非常に残念なことだ。昨今開催されている音楽祭を支配している商業的要素こそ、古典音楽であれポップスであれ、音楽を安っぽくしている根本的原因だ。このような音楽の陳腐化を抑えるためにどのような対策を講じるべきか。おそらくその唯一の方法は、聴衆の音楽に対する意識を高めることだろう。そのためには文化団体が教育改革の中心とならなくてはならない。そうでなければ、文化団体活動など無意味なものとなるだろう。

現代は、科学技術の時代である。科学技術は人間の生活のあらゆる場面に浸透している。芸術も、その影響から逃れることはできないだろう。世界中のあらゆる場所からもたらされた様々な技術や物質や文化が、わたしたちの思考や行動に新たな道を開き、未体験のものに出会わせる。舞台芸術も同様で、われわれがどのような科学的、理論的経験を経てきたのか、最終的に実演の場で明らかになる。

科学技術のおかげで、舞台芸術を様々な文脈や相互依存論的に研究することが可能になった。伝統的な教育と学習方法は、新たな技術を使用することで補完されるようになった。芸術の振興、保存、普及もこういった研究により加速している。文化、教育、商業的組織が一体となり、相互利益のために活動することが必要な時代になってきているのだろう。

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◆このページの内容は全て、Dr.Prabha Atre著 「Enlightening the Listener」からの翻訳です