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いろいろのご縁や偶然にめぐまれ、北インド古典声楽というものをインド、ムンバイーにて勉強しています。

2015年から、インド政府による奨学金を得てこちらに居をかまえておりますが、そのずっと前から、1年に1、2ヶ月ほどのペースで現在の師、プラバー・アトレ 先生のところへ 通っていました。しかし、師の大きなサポートと、周囲のごく信頼している人たちの助言により、思いきって今のような生活に切りかえました。もう早いもので4年が経ちます。

こちらに住む前、それでもだいぶ長いことインドに通い続けていたし、ヒンディー語はうまくないけれど、英語でのコミュニケーションに何ら問題も感じていなかったので、自分はそれなりのインドに対する理解、柔軟性を持ち合わせている、というふうな自負がありました。けれど実際、数年という月日をほとんど日本に戻ることなく生活してみて、多くのことを、わたしはわかっていなかった、と実感することとなります。

わかっていなかった、と実感する、その最たるものはやはり、現在わたしが学んでいる、音楽です。

住んでみないとわからない、住んでないからわからないよ、というふうなことを言われたりして、いや、そんなことはない、わかっていることもある!と思っていましたがやはり、インド音楽のあり方や、この音楽がどのようにインド人の中に生きて、それがどのように受け入れられ、どうトレーニングされ、どういったものを求められているのかということや、古典芸術を学ぶ上でのどうしても乗り越えなくてはならない課題、そういったものの多さに、こちらにきて初めて気づきました。日本をベースに、ときどきこちらに通うくらいでは、とうていわたしのようなものに、気づくことはできなかったこと、だらけです。

野菜の種も、土が変わればその実る野菜の形は時間をかけて変化してしまう。外国へ留学し、外国語を習得しても、そのアクセントは、そこから離れれば維持することが難しいように、外国人学習者であるわたしが、別の国の伝統音楽を学ぶというときに、基本的に絶対に必要なことは、やはりインドでしか見つけることが、そしてそこを求めることができない。頭で得る知識と、身体的経験をともなう記憶は、まったく別物であって、その身体的経験なくして得られないものこそ、長い歴史の中磨かれていった芸術を、別の文化圏で生活し、別の情報のインプットされた身体で学ぶには、必要不可欠である、そう思うにいたりました。

だからといって、インドにいさえすれば、自動的に習得するものなのかと言われたら、やはり音楽というものには、努力だけでは得がたい、大きな「なにか」が必要です。幼少のころからインド古典音楽を学び、上手な人たちは周りにたくさんいます。インド古典音楽の形式をきちんと踏しゅうした、「インド音楽」を歌える人たちは本当にたくさんいます。その中で、その「なにか」を持っている人がどれだけいるか、そしてそのためにどれだけの人たちがしのぎを削っているか。こういったインド音楽の「現実」を体験することは、外国人学習者であるわたしにとって、知っておかなければいけないものだったのだと、痛感します。

 

こちらで生活をしながら音楽を学ぶ以外に、ずっとやらなければならない、と思いながら後回しにしていたことがありました。先生が執筆なさったかずかずの著書を、日本語に翻訳する、という仕事です。

ライティングのプロでもないし語学のプロでもないわたしが、そんなことできるのだろうか、という気持ちと同時に、先生のもっとも近いところにいる日本人のわたし以外に、誰が先生の本を訳すことができるのか、という気持ち、両方の間で揺れていましたが、何かしら形にするということは大事かもしれない、という気持ちがまさり、ようやく重い腰を持ち上げました。

「Enlightening the Listener」という、リスナーのための啓蒙書という意味のタイトルのつく本著は、その平坦で柔らかい文章により、非常に読みやすく、プラクティカルな読み方のできるものです。インド音楽学習者、愛聴者、インド古典音楽以外の音楽実践者やそのリスナー、インド文化、芸術に興味のある方など、幅広い層の方々に、この、大きな大きな音の海のただ中に浮かんで呆然としてしまうような抽象芸術世界、インド古典音楽を理解する、ちょっとした道しるべ、コンパスになるのではないかと思います。

なかでも声楽に特化した内容は、音楽学習者だけでなく、聴く方々の楽しみを増やすのではないだろうか、というような歌詞の構成や、発声テクニックのいろいろなどが解説され、非常に有意義な内容になっています。

本著のオリジナルには、その発声テクニックのいくつかの音声ガイダンス入りのCDが添付されていますが、こちらではそのテクニックの逐一に、音声ファイルを添付し、デジタルコンテンツならではの連動性が実現できました。

著者であり、わたしの師であるプラバー・アトレは、音楽一家に育ったのではなく、中流階級の教育者のご両親のもとに生まれました。非常に内気な少女で、来客者などが家に来ても、恥ずかしくて別の部屋に隠れてしまうような少女だったそうです。しかし、先生が幼いころ、お母さまの体調がすぐれないときに、近隣のかたに、音楽を習うと、体調がよくなるかもしれない、と勧められ、インドのふいご式の鍵盤楽器、ハルモニウムを手に入れ、自宅にて、歌のレッスンをすることになりました。それをお母さまのかたわらで見ていた先生の音楽の才能を見出され、キラーナガラーナー(インド古典声楽の流派のひとつ)の創始者、アブドゥル・カリム・カーンのご子息、スレーシュバブ・マネ氏から、10年ほど、歌の手ほどきを受けます。

しかしそのスレーシュバブ・マネ氏は非常に若い時分に亡くなってしまい、先生は師を失います。その後、スレーシュバブ・マネ氏の妹で、当時有名な女性歌手の一人であった、ヒラバイ・バロデカーの演奏会において、ターンプーラー伴奏と、ヴォーカルサポートを行うことはありましたが、実質、スレーシュバブ・マネ氏亡き後、新しく別の師を師事することはありませんでした。

若いときに、師をなくし、あまり社交的でない先生は、自力で音楽を習得します。美しいと判断すると、柔軟にそれを自身の音楽のなかに取り入れます。先生の歌われる曲は、すべて自身により作られたものです。それも、そういった先生の音楽キャリアに所以するのだと思います。

徹頭徹尾、美しくなくてはならない。一点のシミもない、緻密で、美しい曲線を描く旋律の世界。そのような世界を先生は求めます。こうした先生の姿勢は、日常の生活のそこかしこにも多くあらわれています。わたしのようなズボラな人間にはとうてい真似のしようもないようなことです。現在86歳の先生、今もそのスタンスは変わりません。こだわってこだわって、こだわり抜く、それが先生の生活であり、音楽です。困ったものだわ、と本人は苦笑していますが、そういう徹底した美しいものへのこだわりが、先生の歌にもあらわれているのです。

そのような先生の本を、できるかぎり的確に、先生の言葉に近い表現を探しながら、その先生の智慧のひとかけらでも、日本語に落とし込めるよう、少しずつ翻訳したものです。まだまだ増えてゆきます、ときおりのぞきに来ていただけると嬉しいです。

 

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2018年10月

根岸フミエ