現代インド古典音楽
現代のインド古典声楽の練習法を紹介することは、リスナーがこの音楽をより理解し楽しむための一助となるだろう。
古典音楽であろうと、ポップスであろうと、声楽であろうと器楽であろうと、インド音楽であろうとなかろうと、音楽の基本をなすものは、音と時間(スワラ<swara>とラヤ<laya>)、これは世界中どの音楽でも同様である。さまざまな文化の違いにより、音楽に採用される素材の選択、組み合わせ、扱い方、アレンジメント、表現、プレゼンテーション、そして最終的な音楽構造の構成成分が変わってくる。それによって、文化圏の違いによる、はっきりとした音楽的アイデンティティが形成される。音楽とは、人間にとって普遍的言語であるいっぽう、文化の違いにより、非常に多くの多様性をも生まれてくるものなのだ。
インド音楽は、2千年以上の古い歴史を持っている。古代インドの聖典の一つ、リグ・ヴェーダが、もっとも古い音楽の形式といわれている。
リグ・ヴェーダ(「リグ」は「賛歌」、「ヴェーダ」は「知識」を意味する*) 、この賛歌が唱えられたのは、特定の神事の際にかぎられていた。そのような神聖な音楽があったいっぽうで、より人々の暮らしに近いところで親しまれ、歌われる音楽もあった。しかしながら、現存する歴史的記述や証拠だけでは、実際にどのような形態の音楽であったのかを分析するのはあまりにも不十分である。
インド音楽は師から弟子へと口承で伝えられる口承伝承音楽である。
この口承伝承の主柱となるのは、グル(先生、指導者、庇護者という意味)と呼ばれる師匠から、その智慧を弟子に受け継ぐ、というものである。したがって、グルは、過去と現在の間をつなぐ、きわめて重要な役割を担う存在なのである。
インド音楽は、イスラム教徒や英国人など、外国の支配者によって持ち込まれた他の音楽のシステムの要素を吸収しながらも、この口承伝承による教育システムにより、長い年月、教え継がれてきた。しかし、これらの影響による変化を受け入れはしたが、それによる絶滅の道はたどらなかった。歴史的背景による変化により、その固有の特質を失わなかっただけでなく、そこに音楽的適性性を見出せば、それをシステムに取り入れ、より豊かな音楽に変化させていったのである。
インド音楽に関する古典的著作は、おもにインド古典音楽について書かれているものが多い。バーラタ著、『ナッティヤ・シャーストゥラ』(西暦3世紀~5世紀)、シャランガデーヴァ著、『サンギータ・ラトゥナーカラ』(西暦3世紀13世紀)、そして、バートカンデ著、『サンギータ・シャーストゥラ』(20世紀初頭)などが、古典音楽について記された、よく知られた著書である。
しかし、いくらこれらの本が良書であり、音楽勉強のための一助を果たす価値があったとしても、これらの書物からだけで、インド古典音楽を学ぶことは不可能だ。現代において、演奏されるインド古典音楽は急速に変化をしており、古代に書かれた教えに、排他的にこだわりながら演奏をするということは、賢明な方法ではないとわたしは考える。
出典
* = 菅沼晃編(1985)『インド神話伝説辞典』、9-10頁。(インドの神話・伝説(概説))
◆このページの内容は全て、Dr.Prabha Atre著 「Enlightening the Listener」からの翻訳です。