ガート(ghaat)
長い歴史の中、インド音楽は様々なガート(音楽形式、ジャンル)により、ラーグを表現してきた。それぞれのガートが、それぞれ固有の方法でミュージカルマテリアルを使用し、ラーグを演奏してきた。全てのガートがそれぞれに、ラーグに固有のアイデンティティを与えるべく、マテリアルを選択し、必要な方法でそれを扱い、演奏してきた。しかし、古代の音楽のテクストの中で言及されているガートの多くは現在消滅してしまっている。いくつかは時代の流れとともに変化をし、また別の名で呼ばれることもある。
もっとも古い時代に発生した、少ない音数で展開するヴェーダ詠唱から、現代、主に演奏される、複雑な音楽形式、キヤール(khyaal )に変化してきたように、新しいガートは、変化する時代時代の要求に呼応すべく古いもののなかから新しく生まれてきている。
*訳者注釈:ガート(ghaat)というのは、著者 Dr.Prabha Atreによる造語。語源はガト(ghat)、大きな水瓶という名詞で、インド古典音楽の中における様々なラーグを表現するために生まれてきた音楽形式のことを指す。北インド古典音楽で、ラーグを表現する音楽形式として、現在は、ドゥルパド、ダマール、キヤール、タラーナー、タッパなどがある。そういった音楽形式、ラーグを表現するためのジャンルのことを総称してghaatという言葉を採用した。器楽演奏におけるガットとは別の意味なので注意。
バンディッシュ(bandish)
バンディッシュ
ラーグ:カラーヴァティ
タール:ドゥルット エクタール(速いテンポの12拍子)
ガート:チョタキヤール
サーヒッティヤ(歌詞)
スターイ
tana mana dhana tope vaaroon
タナ マナ ダーナ トペ ワールウン
baara baara toer saanvaree soorata
バーラ バーラ トーリ サーンワリー スーラタ
aura nainaavaa rasile
オーラ ナイナーワー ラシレ
スターイのムクラー:「タナ マナ ダーナ トペ ワールウン」
「タナ」の「ナ」が、サムになる。
アンタラー
saanvaree soorata mohanee moorata
サーンワリー スーラタ モハニー ムーラタ
nirakhara hai mose baara baara
ニラカータ ハエ モセ バーラ バーラ
アンタラーのムクラー:「サーンワリ スーラタ」
「サーンワリ」の「サー」が、サムになる。
日本語訳:スターイ:わたしのこの 身も心も あなたに捧げます なんどもなんどもひれ伏すのです ああ、漆黒の肌と、情熱的な瞳を持つあなたに
アンタラー:愛らしいお顔 気品ある表情 わたしの心を なんどもなんどもかき乱すあなた
ガートは、バンディッシュを通し、進化してきた。
バンディッシュとは、ラーグ、タール、ガートの特徴を、「種」の中に組み込ませた、半既成曲である。バンディッシュは、ゆっくりのテンポ、中間のテンポ、速いテンポで演奏される。通常、バンディッシュは、スターイ(sthaayi)と、アンタラー(antaraa)の2つのパートに分割される。それぞれのパートは、1周または2周のリズムサイクル上に広げられる。
Sthaayi スターイ
Antaraa アンタラー
スターイ、アンタラー、両方の始まりのフレーズは、タールの一拍目、サムに向かっていく形になっており、その部分をムクラー(mukhdaa)と呼ぶ。スターイで演奏されるのは、通常、低いオクターブ(マンドゥラサプタック)から中間オクターブ(マッディヤサプタック)で、アンタラーは、中間(マッディヤサプタック)から上のオクターブ(タールサプタック)になる。
ムクラーからムクラーまでの間に展開させる即興フレーズは、そのガートが発展してゆくための基礎的要素として働く。
ムクラーからムクラーまでの間に展開される即興フレーズの例
バンディッシュのテーマ
バンディッシュで使用されるテキストは、自然や季節にちなんだもの、人間の感情や経験的なものがおもなものだ。信仰的なテーマも多いが、その信仰の中の、より感情的な部分をテーマにしたものが好まれる傾向が強い。
音楽に人間の感情的色合いを加味するため、テキストの意味も重要ではある。しかし、音楽表現における重要点は、音声による表現であり、声の調子によって形成されるバリエーションの表現、音節の音色の構造を使って、リズミカルなパターン(例:スミラという言葉を、ス、ミ、ラ、に分けて、展開する。)を作り出すこと、そういったことにより価値を見出す。また、バンディッシュで使われる言葉は、音楽的な響きの美しさのために若干の変化がなされることもあり(例:パーニー(水、という意味)という言葉が、パーニヤーという言葉に変化。)、それによってリズミカルな構造的美しさを作り出すこともできる。おもに、ブラジ語とヒンディー語が使用される。
all audio guidance by Dr. Prabha Atre
◆このページの内容は全て、Dr.Prabha Atre著 「Enlightening the Listener」からの翻訳です。